天照大御神が天岩戸に隠れたとき、戸を動かす前に、まず「どうやって外へ誘うか」を考えた神がいました。それが思金神(おもいかねのかみ)です。舞う神、祝詞を奏する神、戸を開く神。それぞれの仕事がつながる裏側に、この神の知恵がありました。
読みは「おもいかねのかみ」「おもひかねのかみ」のどちらも見られます。別名に常世思金神があり、「多くの思慮を兼ね備える」と解される名です。『古事記』では高御産…
須佐之男命の乱行をきっかけに天照大御神が岩戸に隠れ、世界は暗くなりました。困った八百万の神々は天安河原(あめのやすかわら)に集まります。
実際に神々を笑わせたのは天宇受売命の舞でした。外をのぞいた天照大御神を引き出す場面では、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が戸を開きます。
思金神の出番は天岩戸だけではありません。葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定をめぐる相談の場にも名が出ます。
01|まず知っておきたい3つのこと
- 天岩戸で、神々が集まって作戦を考えるときの中心になった神です。
- 『古事記』では高御産巣日神の子とされます。
- 天孫降臨にも付き従いますが、その役割の読み方には複数の解釈があります。
02|神の名前・読み方・別名
読みは「おもいかねのかみ」「おもひかねのかみ」のどちらも見られます。別名に常世思金神があり、「多くの思慮を兼ね備える」と解される名です。『古事記』では高御産巣日神の子とされますが、もとは別の系統の神だったとみる説もあり、親子関係は物語が整えられる中で結ばれたと考える研究もあります。
03|岩戸の外で、作戦を練った神
須佐之男命の乱行をきっかけに天照大御神が岩戸に隠れ、世界は暗くなりました。困った八百万の神々は天安河原(あめのやすかわら)に集まります。
『古事記』では、このとき「思金神に思はしめて」と記されます。祭りの方法を考える役目をこの神に任せた、という意味に解されています。続いて、鳥を鳴かせ、占いを行い、鏡や玉を用意し、祝詞と舞で岩戸の外をにぎわせる、という段取りが進みます。
04|岩戸が開くまでの分担
実際に神々を笑わせたのは天宇受売命の舞でした。外をのぞいた天照大御神を引き出す場面では、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が戸を開きます。
思金神が全部をやったわけではありません。考える神、舞う神、力を出す神が、それぞれの得意を持ち寄ったから岩戸は開いた、と読むのが自然です。知恵と腕力を対立させる必要はなく、物語は協力の形で描かれています。
05|国譲りと天孫降臨にも
思金神の出番は天岩戸だけではありません。葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定をめぐる相談の場にも名が出ます。
天孫降臨では、邇邇芸命の天降りに従う神の一柱です。國學院大學の神名データベースによると、天照大御神の命を受けて政事(まつりごと)を請け負い、伊須受能宮(いすずのみや、のちの伊勢の内宮)を拝祭したと説明されています。ただ、この部分の本文は読み方が一つに定まらず、邇邇芸命がこの神とともに祭ったとする解釈もあります。誰が誰に命じたのかを断定せず、解釈が分かれる箇所として読むのが安全です。
06|ご利益・神徳
知恵の神として、学業や考えごと、仕事の計画などの祈りと結びついて親しまれています。ただし、これは後世の信仰上の位置づけで、『古事記』が神徳として直接語っているわけではありません。個々の社の御神徳は、各神社の案内で確かめるのが確実です。
07|祀られている神社
代表的な社として、長野県長野市の戸隠神社があります。戸隠神社は五つの社からなり、天岩戸神話にゆかりのある神々を分けて祀る神社として知られます。思金神は、この五社のうち中社の御祭神として天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)の名で祀られると伝えられています。なお、この記事を書いた時点では戸隠神社の公式サイトが閲覧できなかったため、各社の祭神の割り振りは参拝前に公式の案内で確認してください。
08|次に読む神々
- 天照大御神(あまてらすおおみかみ)――岩戸に隠れ、迎え出された神
- 天宇受売命(あめのうずめのみこと)――岩戸の前で舞った神
- 高御産巣日神(たかみむすひのかみ)――『古事記』で親とされる神
- 邇邇芸命(ににぎのみこと)――天孫降臨で天降る神
神々の一覧は日本の神々から探せます。
09|出典・参考資料
- 『古事記』上巻「天の石屋」「天孫降臨」
- 國學院大學『古事記』神名データベース「思金神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/omoikanenokami/