天照大御神を岩屋へ追い込んだ神と、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した英雄。これが同じ須佐之男命(すさのおのみこと)だと知ると、どちらが本当の姿なのか気になるかもしれません。けれど、日本神話には、ひとつの性格に収まりきらない神が少なくありません。須佐之男命の物語は、その違いがとりわけ鮮やかです。
『古事記』における神名は「建速須佐之男命」。略して須佐之男命とも呼ばれます。『日本書紀』では「素戔嗚尊」など別の表記が用いられます。古典によって表記が異なっ…
須佐之男命は、伊耶那岐神から海原を治めるよう言われながら、母のいる根の国へ行きたいと泣き続け、追放されます。姉の天照大御神に別れを告げようと高天原へ向かいま…
高天原から追われて出雲へ降りた須佐之男命は、毎年娘を食べる八岐大蛇に困っている足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)の夫婦と櫛名田比売(くしなだひめ)に出…
『古事記』では、のちに大国主神となる大穴牟遅神が根の堅州国を訪ねる場面にも須佐之男命が登場します。ただし、神々の親子・先祖関係は文献や系譜によって整理が必要…
01|まず知っておきたい3つのこと
- 天照大御神の弟として、高天原で騒動を起こします。
- 地上へ降ると、八俣遠呂智(やまたのおろち)を退治する英雄として描かれます。
- 出雲の系譜は、後の大国主神(おおくにぬしのかみ)の物語へ続きます。
02|須佐之男命の名前と誕生
『古事記』における神名は「建速須佐之男命」。略して須佐之男命とも呼ばれます。『日本書紀』では「素戔嗚尊」など別の表記が用いられます。古典によって表記が異なっても、すべてを別の神として数えるわけではありません。
『古事記』では、伊耶那岐神が黄泉の国から戻って禊を行ったとき、鼻を洗って生まれた神です。天照大御神と月読命を合わせて三貴子とされます。いっぽう『日本書紀』の本文では伊奘諾尊・伊奘冉尊の神生みの流れで誕生し、一書では異なる記述も伝えます。誕生の違いは、どちらかが「間違い」というより、文献の違いとして記録すべき点です。
03|高天原では、秩序を乱す神として描かれる
須佐之男命は、伊耶那岐神から海原を治めるよう言われながら、母のいる根の国へ行きたいと泣き続け、追放されます。姉の天照大御神に別れを告げようと高天原へ向かいますが、攻めて来たのではないかと疑われ、誓約(うけい)が行われます。誓約の場面では、剣や玉を介して複数の神々が生まれます。
その後、須佐之男命は高天原で田の畔を壊すなどの振る舞いを重ねます。機織り場での事件をきっかけに天照大御神が天岩戸へ隠れたため、世界は暗くなり、神々は対応に追われます。この場面の須佐之男命を単純な「正義の戦士」として紹介すると、物語の大事な半分が抜け落ちます。
04|出雲では八岐大蛇を退治する
高天原から追われて出雲へ降りた須佐之男命は、毎年娘を食べる八岐大蛇に困っている足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)の夫婦と櫛名田比売(くしなだひめ)に出会います。酒を用いて大蛇を酔わせ、これを討ち、尾から見つかった剣を天照大御神に献じます。『古事記』ではこの剣を「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」と記し、のちに「草薙剣」の名で広く知られます。
そして須賀に宮を構え、櫛名田比売と結ばれる物語へ続きます。高天原では秩序を乱した神が、出雲では人々の危難を取り除き、土地に宮を築くのです。この転換こそ須佐之男命を読む面白さです。
05|大国主神や後世の信仰とのつながり
『古事記』では、のちに大国主神となる大穴牟遅神が根の堅州国を訪ねる場面にも須佐之男命が登場します。ただし、神々の親子・先祖関係は文献や系譜によって整理が必要で、「須佐之男命は大国主神の直接の父」といった短絡は避けます。
また、中世以降には牛頭天王との習合が進みます。これは古代の神話本文そのものではなく、信仰の歴史のなかで神格像が重なった事例です。『出雲国風土記』にも須佐之男命に関わる記述がありますが、『古事記』にある八岐大蛇退治の長い筋立てがそのまま載っているわけではありません。
06|どんな神と覚えるとよいか
「荒ぶる神」「英雄」「厄を祓う神」という呼び方は、それぞれ須佐之男命の異なる面を映しています。一つだけ選んで他を捨てる必要はありません。どの時代・どの文献・どの地域で語られた姿なのかをたどれば、その変化そのものが神話と信仰の歴史になります。
07|次に読む神々
神々の一覧は日本の神々から探せます。
08|出典・参考資料
- 國學院大學『古事記』神名データベース「建速須佐之男命」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/takehayasusanoonomikoto/
- 國學院大學 Encyclopedia of Shinto「Susanoo」 https://d-museum.kokugakuin.ac.jp/eos/detail/?id=9152
- 國學院大學 Encyclopedia of Shinto「Yamatanoorochi」 https://d-museum.kokugakuin.ac.jp/eos/detail/?id=9729