日本の島々と多くの神々を生んだ伊耶那美神(いざなみのかみ)。その物語には、祝福だけでなく、火傷、死別、そして黄泉の国の恐ろしい姿も登場します。ひとりの女神が「生命を生む側」と「死の世界に属する側」の両方に置かれるところに、この神話の強い印象があります。
『古事記』では伊耶那美神・伊耶那美命などと記され、『日本書紀』では伊奘冉尊という表記が使われます。國學院大學の神名データベースは、別名として黄泉津大神(よも…
伊耶那岐神とともに、伊耶那美神は天つ神から国土を整えるよう命じられます。天の沼矛から滴った塩が淤能碁呂島となり、そこに降りた二柱は婚姻します。
神生みは途切れずに続くはずでした。しかし火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだとき、伊耶那美神は火傷を負い、病の床につき、亡くなります。『古事記』では、…
伊耶那岐神は、亡き妻を連れ戻そうと黄泉へやって来ます。伊耶那美神はすでに黄泉の食物を口にしたため、戻れるか黄泉神(よもつかみ)と相談すると告げ、しばらく姿を…
01|まず知っておきたい3つのこと
- 伊耶那岐神と国土や神々を生んだ女神です。
- 火の神の出産をきっかけに亡くなり、黄泉の国へ向かいます。
- 黄泉では「黄泉津大神(よもつおおかみ)」と呼ばれ、夫との別れが死と誕生の起源を語ります。
02|神の名前と別名
『古事記』では伊耶那美神・伊耶那美命などと記され、『日本書紀』では伊奘冉尊という表記が使われます。國學院大學の神名データベースは、別名として黄泉津大神(よもつおおかみ)と道敷大神(ちしきのおおかみ)を挙げています。『古事記』は、黄泉の場面を経て、伊耶那美神が黄泉津大神と呼ばれるようになったこと、また追いついたことから道敷大神とも呼ばれたと伝えます。
この記事は『古事記』に沿って書いています。『日本書紀』の一書には黄泉の場面の異なる伝えがありますが、ここでは立ち入りません。
03|国を生み、自然の神々を生む
伊耶那岐神とともに、伊耶那美神は天つ神から国土を整えるよう命じられます。天の沼矛から滴った塩が淤能碁呂島となり、そこに降りた二柱は婚姻します。
初めの手順ではうまくいかず、天つ神に尋ねてやり直す場面を経て、大八島国が生み出されます。そして風や海、山、野などに関わる神々が次々に生まれます。自然に名を与え、それぞれを神として語る『古事記』の世界が広がる場面です。
04|火の神の誕生がもたらしたもの
神生みは途切れずに続くはずでした。しかし火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだとき、伊耶那美神は火傷を負い、病の床につき、亡くなります。『古事記』では、その苦しみのなかに出たものからも神々が生まれます。
命を育む役目を担っていた女神が、自ら生んだ火の神によって命を落とす。この急な転換は、火が生活を支える一方で、制御できない災いにもなることを想起させます。ただし、これを特定の自然災害の史実と直接結びつけることはしません。
05|黄泉の国での再会
伊耶那岐神は、亡き妻を連れ戻そうと黄泉へやって来ます。伊耶那美神はすでに黄泉の食物を口にしたため、戻れるか黄泉神(よもつかみ)と相談すると告げ、しばらく姿を見ないでほしいと頼みました。
約束は破られます。伊耶那岐神が見たのは、かつて知っていた妻とは大きく変わった姿でした。伊耶那美神はその姿を見られたことを恥じ、逃げる夫に追手を差し向け、最後には自らも追いかけます。
この場面を「悪い女神に変わってしまった」とひと言で片づけるのは惜しいところです。見るなという願いを破られたこと、夫との関係が失われること、死者と生者がもはや同じ場所にいられないことが、一度に起きています。
06|千人と千五百の言葉
伊耶那岐神が黄泉比良坂を大きな岩で塞ぐと、二柱は岩を挟んで別れの言葉を交わします。伊耶那美神は、あなたの国の人を日に千人絞め殺すと言い、伊耶那岐神は、ならば日に千五百の産屋を建てると答えます。
死を司る恐ろしい一面だけを見れば、伊耶那美神は生者に敵対する存在のようです。しかし国生みと神生みからこの場面まで続けて読むと、「生み出したものも、いずれ死を迎える」という世界の仕組みが描かれていることに気づきます。『古事記』ではこの後、伊耶那岐神の禊から天照大御神・月読命・須佐之男命の三貴子が誕生します。
07|黄泉津大神とは、黄泉神とは別の神?
『古事記』には、伊耶那美神が相談しようとした「黄泉神」が登場します。國學院大學の神名データベースによれば、黄泉神は黄泉国を主宰する神と考えられていますが、事跡は語られていません。その後、伊耶那美神が死を司る性格を得て黄泉津大神となることから、黄泉国の主宰が黄泉神から伊耶那美神へ移ったと解する説もあります。
つまり「黄泉神」と「黄泉津大神」を最初から同じ神と決めつけることはできません。黄泉の国で、伊耶那美神がどのような存在になったかを、物語の順に追うのが安全です。
08|ご利益・神徳と祀る神社
代表的な神社は、滋賀県犬上郡多賀町の多賀大社で、伊邪那美大神と伊邪那岐大神をともに祀っています。黄泉の逸話だけから「死に関わる神だから縁起が悪い」と決めてしまうと、現在も続く祭祀と信仰を見落とします。ご利益は神社ごとの信仰ですので、参拝の前には神社の公式案内で確かめてください。
黄泉にまつわる地域伝承や神社もありますが、「黄泉比良坂の所在地」を古代の地理的事実としてひとつに確定する扱いは避けます。
09|次に読む神々
神々の一覧は日本の神々から探せます。
10|出典・参考資料
- 國學院大學『古事記』神名データベース「伊耶那美神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/izanaminokami/
- 國學院大學『古事記』神名データベース「黄泉神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/yomotsukami/
- 國學院大學「失敗も成功も―イザナキ、イザナミの国生み、神生み」 https://www.kokugakuin.ac.jp/article/289695
- 多賀大社「お多賀さんとは」 https://www.tagataisya.or.jp/about/