神社に本殿がない、と聞けば少し驚くかもしれません。奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)は、御祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が三輪山に鎮まると考え、古くから本殿を設けず、山を拝してきました。大物主神は、建物の中に神像を安置するイメージだけでは捉えられない神です。

この記事の整理軸
01神の名前と別名

國學院大學の神名データベースによると、『古事記』では大物主神のほか、意富美和之大神(おおみわのおおかみ)、大物主大神、坐御諸山上神(みもろのやまのうえにます…

02国造りの途中で現れた神

『古事記』では、大国主神が国造りの協力者を失って困っていたとき、海を照らして近づく神が現れ、「私を倭(大和)の青垣の東の山の上に祀りなさい」と告げます。これ…

03崇神天皇の時代の疫病

崇神天皇の時代、国に疫病が広がります。天皇の夢に大物主神が現れ、意富多々泥古(おおたたねこ)に自分を祀らせるよう告げました。そのとおりにすると疫病は収まりま…

04大国主神と同じ神なのか

『古事記』は、大国主神と、三輪山に祀られる神を、別々の神として語ります。一方、國學院大學の神名データベースによると、『日本書紀』八段一書六では、大物主神は大…

01|まず知っておきたい3つのこと

  • 三輪山に鎮まる神で、大神神社の御祭神です。
  • 『古事記』では、国造りの途中に現れて「三輪山に祀ってほしい」と願います。
  • 大国主神との関係は、『古事記』と『日本書紀』で描き方が違います。

02|神の名前と別名

國學院大學の神名データベースによると、『古事記』では大物主神のほか、意富美和之大神(おおみわのおおかみ)、大物主大神、坐御諸山上神(みもろのやまのうえにますかみ)などの名で呼ばれます。「御諸山」は三輪山の古い呼び名です。大神神社では「大物主大神」として祀られています。

03|国造りの途中で現れた神

『古事記』では、大国主神が国造りの協力者を失って困っていたとき、海を照らして近づく神が現れ、「私を倭(大和)の青垣の東の山の上に祀りなさい」と告げます。これが三輪山の神、大物主神です。大神神社の公式の由緒も、この神が三輪山に祀られることを望んだと伝えます。国造りと祭祀の始まりが、ひとつの場面でつながっています。

04|崇神天皇の時代の疫病

崇神天皇の時代、国に疫病が広がります。天皇の夢に大物主神が現れ、意富多々泥古(おおたたねこ)に自分を祀らせるよう告げました。そのとおりにすると疫病は収まります。祀りを求め、それが果たされると鎮まる。『古事記』のこの場面は、大物主神が人々の暮らしを左右する、畏れ多い神であったことを伝えています。

05|大国主神と同じ神なのか

『古事記』は、大国主神と、三輪山に祀られる神を、別々の神として語ります。一方、國學院大學の神名データベースによると、『日本書紀』八段一書六では、大物主神は大国主神の別名として挙がっています。大神神社の公式の説明は、『日本書紀』では大物主大神が大国主神の「幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)」と名乗ったと伝えます。

つまり「完全に別の神」か「同じ神」のどちらかに決めつけず、どの書物の話かを分けて読むのが正確です。

06|神武天皇の皇后とのつながり

『古事記』の神武天皇の段では、皇后となる伊須気余理比売(いすけよりひめ)が、大物主神の娘として登場します。この結婚を、疫病など「モノ」を抑える大物主神の力にあやかるためとみる解釈も、國學院大學のデータベースで紹介されています。

07|祀られている神社

大神神社(奈良県桜井市三輪)が代表です。御祭神は大物主大神。拝殿から奥の三輪山を拝する形で、社殿が整う以前の古い祀りの姿を伝えると説明されています。「本殿がない」ことは不完全なのではなく、神を山に祀る古い信仰の形を残している、ということです。

平安時代には、大神祭・鎮花祭・三枝祭が朝廷の祭りとして続き、貞観元年(859年)に神階が正一位になったと伝えられています。

08|次に読む神々

  • 大国主神(おおくにぬしのかみ)――国造りの主人公
  • 建御雷神(たけみかづちのかみ)――国譲りの使者
  • 高御産巣日神(たかみむすひのかみ)――造化三神の一柱

神々の一覧は日本の神々から探せます。

09|出典・参考資料