国譲りの力比べに敗れ、信濃の諏訪まで追われた建御名方神(たけみなかたのかみ)。『古事記』での登場は短いのですが、諏訪では風雨や農業、狩猟にかかわる神として、長く祀られてきました。神話の一場面と、土地に根づいた信仰を分けてたどります。
『古事記』での表記は建御名方神です。諏訪大社でも同じ名で紹介されます。「お諏訪さま」「諏訪大明神」は、信仰の中での呼び名です。
高天原の使者・建御雷神が大国主神に国譲りを求めると、先に事代主神が同意します。ところが、もう一柱の子である建御名方神は、大きな岩を手の先に持ち上げてやって来…
『古事記』では、追い詰められた建御名方神は命乞いをし、「この地以外にはどこへも行きません。父や事代主神の言葉にも背かず、この国を天つ神の御子に献上します」と…
諏訪大社は諏訪湖をはさんで、上社(前宮・本宮)と下社(春宮・秋宮)の四つの社で成り立っています。公式の案内によると、御祭神は次のとおりです。
01|まず知っておきたい3つのこと
02|神の名前・読み方・別名
『古事記』での表記は建御名方神です。諏訪大社でも同じ名で紹介されます。「お諏訪さま」「諏訪大明神」は、信仰の中での呼び名です。
『古事記』では、国譲りの場面で大国主神の子として登場します。國學院大學の神名データベースによると、『古事記』の系譜には母の名が記されていません。『先代旧事本紀』には、別の系譜が伝わります。
03|国譲りへの異議
高天原の使者・建御雷神が大国主神に国譲りを求めると、先に事代主神が同意します。ところが、もう一柱の子である建御名方神は、大きな岩を手の先に持ち上げてやって来て、力比べを持ちかけました。
建御名方神が建御雷神の手を取ると、その手は氷柱や剣の刃に変わります。次に建御雷神が建御名方神の手を取ると、葦をつかむように握りつぶされ、力の差は歴然でした。建御名方神は逃げ出し、追われて、科野国(しなののくに)の諏訪の海まで来て、あと一歩で討たれるところまで追い詰められます。
04|諏訪にとどまる誓い
『古事記』では、追い詰められた建御名方神は命乞いをし、「この地以外にはどこへも行きません。父や事代主神の言葉にも背かず、この国を天つ神の御子に献上します」と誓います。この場面だけを読むと、敗北して物語から退いたようにも見えます。
けれど諏訪大社には、独自の祭祀と長い歴史があります。國學院大學の神名データベースは、諏訪の伝承に、建御名方神が土地の先住の神・洩矢神(もりやのかみ)に勝って諏訪の主になった、という筋が残ることを紹介しています。国譲りでの敗北は『古事記』の筋書きであり、諏訪での信仰は、その一場面だけでは語り切れません。
05|四社で異なる祭神
諏訪大社は諏訪湖をはさんで、上社(前宮・本宮)と下社(春宮・秋宮)の四つの社で成り立っています。公式の案内によると、御祭神は次のとおりです。
- 上社本宮:建御名方神
- 上社前宮:八坂刀売神(やさかとめのかみ)
- 下社春宮・秋宮:建御名方神、八坂刀売神、八重事代主神
四社で祭神の構成が同じではないため、「諏訪大社の祭神は建御名方神」とひとまとめに書くと実態から外れます。
06|ご利益・神徳
諏訪大社は建御名方神を、風雨を司り、信濃国を開拓した力強い神として紹介しています。農業・狩猟・航海・勝負の守り神として、広く信仰されてきました。武勇だけでなく、暮らしを支える自然の力にかかわる神でもあります。
07|祀られている神社
代表は諏訪大社(長野県の諏訪地域)です。ほかにも、全国に諏訪神社と呼ばれる社が数多くあります。
08|「敗者」だけでは伝わらない
『古事記』の国譲りは、中央の天つ神と出雲の国つ神の関係を語る物語です。一方、諏訪の信仰には、土地ならではの祭祀や伝承があり、長い年月の中で姿を変えてきました。諏訪の神を「出雲から逃げてきた神」とだけ説明すると、その土地で守られてきた歴史が抜け落ちます。
09|次に読む神々
神々の一覧は日本の神々から探せます。
10|出典・参考資料
- 『古事記』上巻「国譲り」
- 國學院大學『古事記』神名データベース「建御名方神」 https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/takeminakatanokami/
- 諏訪大社「御参拝のご案内」 https://suwataisha.or.jp/visiting/