天照大御神を天岩戸から迎え出す場面では、神々の笑いを誘った天宇受売命の舞だけでなく、祭りの道具を整える者、祝詞を奏する者、御幣を捧げる者が力を合わせました。そのうち、占いと祭具の準備に加わり、御幣を捧げ持ったのが布刀玉命(ふとたまのみこと)です。岩戸が開いたあと、天照大御神が戻らないよう縄を引き渡したのもこの神です。

この記事の整理軸
01「ふとたま」と読む神名――記紀の表記の違い

『古事記』では「布刀玉命」、『日本書紀』では「太玉命」と書かれます。『古語拾遺』は「天太玉命」などの表記を用います。「玉」は祭祀に用いる玉のことと考えられ、…

02占いをして、榊に祭具を取り付ける

天照大御神が天の石屋戸にこもると、八百万の神々は天安河原に集まり、招き出す方法を相談します。布刀玉命は天児屋命とともに占いと祭具の製作を担当しました。そのう…

03御幣を捧げ持つ布刀玉命、祝詞を読む天児屋命

國學院大學の神名データベースは、『古事記』の天石屋神話について、布刀玉命が御幣を捧げ持ち、天児屋命が祝詞を読み上げる形で語られると説明します。この分担は、中…

04岩戸が開いたあと、尻くめ縄を引き渡す

天照大御神が戸の外へ出ると、布刀玉命は尻くめ縄を背後に引き渡し、戸の内へ戻るのを防ぎます。尻くめ縄は、現在の神社で見かけるしめ縄と結びつけて語られることがあ…

01|まず知っておきたい3つのこと

  • 天岩戸では、天児屋命(あめのこやねのみこと)とともに占いと祭具の準備を行い、御幣を捧げ持ちます。
  • 天照大御神が外へ出たあと、戸の内へ戻れないよう尻くめ縄(しりくめなわ)を引き渡します。
  • 天孫降臨では「五伴緒(いつとものお)」の一柱として随行し、忌部首(いんべのおびと)らの祖神とされます。

02|「ふとたま」と読む神名――記紀の表記の違い

『古事記』では「布刀玉命」、『日本書紀』では「太玉命」と書かれます。『古語拾遺』は「天太玉命」などの表記を用います。「玉」は祭祀に用いる玉のことと考えられ、「布刀」は「太」、つまり立派であることを表すと解されています。ただし、名前の意味には複数の説があります。國學院大學の神名データベースは、立派な玉串を捧げる意味とする説や、美称とする説を挙げています。

03|占いをして、榊に祭具を取り付ける

天照大御神が天の石屋戸にこもると、八百万の神々は天安河原に集まり、招き出す方法を相談します。布刀玉命は天児屋命とともに占いと祭具の製作を担当しました。そのうえで、祭具を賢木(さかき)に取り付けた御幣を整え、天照大御神を迎える準備を進めます。

玉を作ったのは玉祖命(たまのおやのみこと)、鏡を作ったのは伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)と、道具を作る神は別にいます。布刀玉命は、できあがった祭具を用いて儀礼を進める側に立つ神です。

04|御幣を捧げ持つ布刀玉命、祝詞を読む天児屋命

國學院大學の神名データベースは、『古事記』の天石屋神話について、布刀玉命が御幣を捧げ持ち、天児屋命が祝詞を読み上げる形で語られると説明します。この分担は、中臣氏が祝詞を奏し、忌部氏が神器や幣帛を掌るという、8世紀以後の祭祀の規定とも重なります。そのため、実際の祭祀の形の起源を伝える伝承としても考えられています。

華やかな舞の陰で、道具を作る神、使う神、祈りの言葉を奏する神がそれぞれ動いていました。

05|岩戸が開いたあと、尻くめ縄を引き渡す

天照大御神が戸の外へ出ると、布刀玉命は尻くめ縄を背後に引き渡し、戸の内へ戻るのを防ぎます。尻くめ縄は、現在の神社で見かけるしめ縄と結びつけて語られることがありますが、『古事記』の場面と後世の儀礼を同じものとして扱うことはできません。神聖な場所を区切る縄という点で、身近に感じられる場面です。

06|天孫降臨の「五伴緒」へ

天孫降臨では、布刀玉命は邇邇芸命(ににぎのみこと)に従う五伴緒の一柱になります。五伴緒は、天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命、玉祖命の五柱です。「伴緒」は職業集団の長を指すと解され、五柱はそれぞれ朝廷の祭祀に仕えた氏族の祖神とされます。

『日本書紀』では、天孫降臨を語る第九段の複数の伝承のうち、五部神が見えるのは一書第一だけです。一書第二では太玉命と天児屋命の二柱が随行します。伝承によって顔ぶれが異なる点も、あわせて知っておきたいところです。

07|忌部氏の祖神、『古語拾遺』の主張

布刀玉命は、中央の忌部首の祖神とされます。忌部氏は中臣氏と並んで、朝廷の祭祀を担った氏族です。

大同2年(807年)成立の『古語拾遺』は、斎部広成(いんべのひろなり)が著した書物で、天太玉命とその子孫が代々皇統に仕えて祭祀を担ったことを詳しく語ります。ただしこの書は、平安時代の初め、祭祀の職掌が中臣氏に偏っていたことを批判する斎部氏の主張を反映しており、斎部氏を擁護するための誇張や造作を含むと考えられています。神々の物語を補う貴重な資料ですが、『古事記』本文にある内容と区別して読む必要があります。

08|安房神社と天太玉命

千葉県館山市の安房神社は、『延喜式』神名帳に名神大社として載る古い神社で、天太玉命を祀ります。千葉県の安房地域振興事務所の観光案内は、天太玉命を「全ての産業の総祖神」とし、ものづくりや商売繁盛に御利益があると言われると紹介しています。

『古語拾遺』や『先代旧事本紀』によれば、神武天皇の時代に、四国の阿波の忌部が東国の安房に移り住み、天富命(あめのとみのみこと)が太玉命の社として「安房社」を立てたと伝わります。天岩戸の神話と、房総の地に根づいた神社の由来は、別の資料に基づく話です。両者を同じ時代の出来事として一続きにせず、それぞれの伝承として読むと、布刀玉命をめぐる信仰の広がりが見えてきます。

09|布刀玉命をめぐる4つの関係

  • 天岩戸:思金神(作戦)→ 天児屋命(祝詞)+布刀玉命(御幣と尻くめ縄)
  • 道具を作る神々:伊斯許理度売命(鏡)+玉祖命(玉)→ 岩戸の祭具
  • 天孫降臨:布刀玉命+天児屋命+天宇受売命+伊斯許理度売命+玉祖命 = 五伴緒
  • 氏族・神社:布刀玉命 → 忌部氏の祖神伝承 → 安房神社の天太玉命

※矢印は役割や伝承のつながりを示します。親子の系譜と同じ意味ではありません。

10|次に読む神々

  • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)――岩戸に隠れた日の神
  • 天宇受売命(あめのうずめのみこと)――岩戸の前で舞った神
  • 思金神(おもいかねのかみ)――岩戸開きの作戦を考えた神
  • 邇邇芸命(ににぎのみこと)――天孫降臨の主

神々の一覧は日本の神々から探せます。

11|出典・参考資料