旅の安全や道案内の神として知られる猿田毘古神(さるたびこのかみ)。『古事記』では天孫降臨の道に立ち、天宇受売命に名前を問われる神として登場します。ところが物語はそれだけで終わりません。天孫を案内したあとの猿田毘古神には、海で溺れたときの三つの名も記されます。道を開く神と海の神のような姿は、なぜ一柱の神に重なるのでしょうか。

この記事の整理軸
01天孫降臨で姿を現す国つ神

『古事記』の猿田毘古神は、天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が地上へ降ろうとする場面に現れます。天の八衢(やちまた)に立つその神は、上は高天原を、下は葦原中国…

02天宇受売命との関係は夫婦なのか

天宇受売命は猿田毘古神を問いただし、その正体を明らかにした後、彼を送り届ける役を担います。『古事記』は猿女君(さるめのきみ)という氏族名の由来を、猿田毘古神…

03なぜ海で溺れたと語られるのか

猿田毘古神には、案内の物語とは雰囲気の違う逸話があります。『古事記』の猿女君の段では、伊勢の阿耶訶(あざか)にいた猿田毘古神が漁をしていたとき、比良夫貝(ひ…

04伊勢との関わり

『日本書紀』にも、猿田毘古神(猿田彦)が伊勢の五十鈴川上に至ったとする記述があり、後世には地域の信仰とも結びつきます。伊勢の猿田彦神社で祀られる祭神としても…

01|まず知っておきたい3つのこと

  • 天孫降臨の道中で、天から来た神々を案内します。
  • 天宇受売命は、その正体と目的を確かめます。
  • 道案内だけでなく、海で溺れたときの三つの名も『古事記』に記されます。

02|天孫降臨で姿を現す国つ神

『古事記』の猿田毘古神は、天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が地上へ降ろうとする場面に現れます。天の八衢(やちまた)に立つその神は、上は高天原を、下は葦原中国を照らすような存在として描かれます。何者なのか分からないため、天宇受売命が問いただすことになりました。

猿田毘古神は、天孫の到着を聞いて案内するために迎えに来た国つ神だと名乗ります。彼が最初から敵として描かれているわけではありません。「道をふさいだ恐ろしい神が改心した」という説明より、「正体が分からなかった神が、案内役であると分かった」と読むほうが本文に沿っています。

03|天宇受売命との関係は夫婦なのか

天宇受売命は猿田毘古神を問いただし、その正体を明らかにした後、彼を送り届ける役を担います。『古事記』は猿女君(さるめのきみ)という氏族名の由来を、猿田毘古神の名に結びつけて説明します。

ここで注意したいのは、「名前が結びつく」「送り届ける」といった記述と、後世の物語でよく見られる「夫婦として一緒に暮らした」という像を分けることです。少なくとも『古事記』の記述を紹介する際に、二柱を当然の夫婦と決めつける必要はありません。

04|なぜ海で溺れたと語られるのか

猿田毘古神には、案内の物語とは雰囲気の違う逸話があります。『古事記』の猿女君の段では、伊勢の阿耶訶(あざか)にいた猿田毘古神が漁をしていたとき、比良夫貝(ひらぶがい)に手を挟まれ、海に沈んだと語られます。

海底へ沈んだときの名は底度久御魂(そこどくみたま)、泡が立ったときの名は都夫多都御魂(つぶたつみたま)、泡が弾けたときの名は阿和佐久御魂(あわさくみたま)。これは別々の三柱の神がこの場面に突然現れたというより、猿田毘古神の状態ごとに語られる名として記されています。

その意味について、海人や漁民の信仰との関わりを考える研究もあります。ただし、物語の起源が一つに確定したわけではありません。神話が持つ異質な場面を無理に一つの「能力設定」へまとめないことが大切です。

05|伊勢との関わり

『日本書紀』にも、猿田毘古神(猿田彦)が伊勢の五十鈴川上に至ったとする記述があり、後世には地域の信仰とも結びつきます。伊勢の猿田彦神社で祀られる祭神としても知られます。ただし、現在の神社の由緒と古典本文、さらにそれを解釈した研究は、それぞれ性格の異なる資料です。

06|同じ神でも、関係の線は一種類ではない

猿田毘古神と天宇受売命は、天孫降臨という出来事を共有します。邇邇芸命とは案内役と案内される側の関係です。伊勢との関係は地名・信仰史の話であり、底度久御魂などの名は同一神に関わる異名です。これらをすべて親子や夫婦のような血縁線でつなぐと、神話はたちまち違う物語になってしまいます。神々の相関図では、線が何を意味するのかまで読む必要があります。

07|次に読む神々

  • 天宇受売命(あめのうずめのみこと)――猿田毘古神の素性を確かめた女神
  • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)――天孫降臨を命じた日の神

神々の一覧は日本の神々から探せます。

08|出典・参考資料