小説やドラマで「陰陽寮の博士」と呼ばれる人物が出てくると、陰陽師の中でも特に位の高い人、という印象を受けるかもしれません。ところが律令の規定を開くと、事情はもう少し込み入っています。陰陽寮には天文博士・暦博士・陰陽博士という三つの専門官職が置かれ、しかも制度上の「陰陽師」は、それらとは別の職でした。

ここでいう博士(はかせ)は現代の学位ではなく、専門知識を担当して学生を教える官職の名前です。三者がそれぞれ何を担っていたのかを見ていきます。

この記事の整理軸
01陰陽寮は四つの分野を抱えた役所

養老職員令に見える陰陽寮には、陰陽師、陰陽博士と陰陽生、暦博士と暦生、天文博士と天文生、さらに漏刻(ろうこく)博士や守辰丁(しゅしんちょう)などが置かれていました。

02陰陽博士――陰陽生を教える

陰陽博士の中心的な職務は、陰陽生への専門教育でした。占筮(せんぜい)や相地(そうち)などに関わる知識が扱われています。

03暦博士――暦を作り、暦生を育てる

暦博士は暦法を担当し、暦の編纂と暦生の教育に関わりました。律令国家にとって暦は単なる日付表ではありません。祭祀、行政、季節の区切り、農事、日取りまで、国家と…

04天文博士――天を観測し、異変を報告する

天文博士は天文現象や「気色(きしょく)」を観測し、異変があれば報告するとともに、天文生の教育にもあたりました。『延喜式』には、異変を記録して陰陽寮を通じ密封…

05人物の官歴を読むときに効いてくる

安倍晴明や賀茂保憲など陰陽寮に関わった人物は、時期によって陰陽師、天文博士、暦博士といった異なる官職を歴任することがあります。「陰陽寮にいたのだから官職名も…

01|陰陽寮は四つの分野を抱えた役所

養老職員令に見える陰陽寮には、陰陽師、陰陽博士と陰陽生、暦博士と暦生、天文博士と天文生、さらに漏刻(ろうこく)博士や守辰丁(しゅしんちょう)などが置かれていました。

占いだけを扱う部署ではなかったわけです。陰陽・天文・暦・時刻管理という複数の分野を一つの官司にまとめた、国家の専門知識機関だったと考えると実像に近づきます。

02|陰陽博士――陰陽生を教える

陰陽博士の中心的な職務は、陰陽生への専門教育でした。占筮(せんぜい)や相地(そうち)などに関わる知識が扱われています。

創作では陰陽博士を「最上位の陰陽師」のように描くことがありますが、律令の官制上は、実務にあたる陰陽師と、教育を担う陰陽博士は別の職です。両者を重ねてしまうと、史料に出てくる人物の立場が読み取れなくなります。

03|暦博士――暦を作り、暦生を育てる

暦博士は暦法を担当し、暦の編纂と暦生の教育に関わりました。律令国家にとって暦は単なる日付表ではありません。祭祀、行政、季節の区切り、農事、日取りまで、国家と社会の時間の秩序を支える基盤でした。

国立天文台暦計算室の解説でも、陰陽寮で暦博士が暦を編纂し、毎年の暦を朝廷へ奏進する仕組みが説明されています。一年分の暦を期日までに仕上げて差し出す、実務の色の濃い職だったことが分かります。

04|天文博士――天を観測し、異変を報告する

天文博士は天文現象や「気色(きしょく)」を観測し、異変があれば報告するとともに、天文生の教育にもあたりました。『延喜式』には、異変を記録して陰陽寮を通じ密封のうえ奏聞する規定が見えます。

ここでの天文は、現代の天文学とそのまま同じものではありません。日月や星、彗星などの観測に加えて、天の変化を政治や国家の秩序に関わる兆しとして読む天文占の側面を含んでいました。観測と解釈が一続きだった点が、いまの学問との大きな違いです。

05|三博士の担当をまとめると

  • 陰陽博士:陰陽分野の教育
  • 暦博士:暦法と造暦、暦生の教育
  • 天文博士:天文観測と異変の報告、天文生の教育

このほか、時刻の管理には漏刻博士が置かれていました。陰陽寮の博士は一種類ではなく、分野ごとに分かれていたのです。

陰陽寮の三博士は、担当分野と教育対象が違う

現代の学位ではなく、陰陽・暦・天文の専門知識を担当する官職として分けます。

陰陽陰陽博士

陰陽分野を担当し、陰陽生の教育に関わります。

暦暦博士

暦法・造暦を担当し、暦生を育てます。

天文天文博士

天文観測・異変報告を担い、天文生を教育します。

06|人物の官歴を読むときに効いてくる

安倍晴明や賀茂保憲など陰陽寮に関わった人物は、時期によって陰陽師、天文博士、暦博士といった異なる官職を歴任することがあります。「陰陽寮にいたのだから官職名も陰陽師だろう」と考えてしまうと、その人の専門や経歴を取り違えることになります。

人物を調べるときは、いつの時点でどの官職にあったのかを年ごとに押さえてみてください。同じ人物でも、天文を担っていた時期と暦を担っていた時期では、史料に残る仕事の中身がまるで違って見えてきます。

参考:『養老律令』職員令 / 『延喜式』巻十六 陰陽寮 / 国立天文台暦計算室「日本の暦」 / 細井浩志「陰陽寮の四人の博士」

※官職の職掌は時代と運用によって変化します。本記事は律令官制の基礎を中心に整理しています。