安倍吉昌(あべのよしまさ、?–1019)は、平安時代中期の陰陽師です。安倍晴明の子として名が知られています。
後世の説話では「晴明の子」という関係ばかりが強調されますが、人物辞典をひらけば別の姿が浮かびます。天文得業生(てんもんとくごうしょう)、天文博士、陰陽頭(おんみょうのかみ)を歴任した官人としての経歴です。この記事では、その官歴を軸に吉昌という人物を見ていきます。
講談社デジタル版『日本人名大辞典+Plus』によれば、吉昌は天禄元年(970)に天文得業生となり、天文博士を経て、長保6年(1004)に陰陽頭となりました。
天文道は、天体や天文の異変を観察し、その意味を朝廷へ報告する専門分野でした。今の天文学とそのまま重なるものではなく、天の変事と政治・社会の吉凶を結びつけて読…
吉平(よしひら)と吉昌は、ともに晴明の子として知られています。しかし、官歴や史料に残る活動は同じではありません。人物辞典では、吉昌を吉平の弟としています。
安倍氏が後の世に天文道を家の学問として受け継いでいったことは、確かに重要です。ただし「晴明が吉昌ひとりを正式な唯一の後継者に指名した」といった物語は、典拠を…
晴明の一族には、後世になって多くの説話が付け加えられました。吉昌についても同じで、物語のなかの陰陽師像を、そのまま官人としての実像に重ねることはできません。
01|官歴からたどる吉昌
講談社デジタル版『日本人名大辞典+Plus』によれば、吉昌は天禄元年(970)に天文得業生となり、天文博士を経て、長保6年(1004)に陰陽頭となりました。寛弘3年(1006)には但馬権守(たじまごんのかみ)を兼ねています。没したのは寛仁3年(1019)4月28日とされます。
こうして並べてみると、ひとつのことが見えてきます。安倍氏の専門知は、晴明ひとりの名人芸で終わったのではなく、次の世代へ受け継がれる家の学問へ向かっていた。吉昌の官歴は、その動きを示す具体的な記録です。
02|天文道はどんな仕事だったか
天文道は、天体や天文の異変を観察し、その意味を朝廷へ報告する専門分野でした。今の天文学とそのまま重なるものではなく、天の変事と政治・社会の吉凶を結びつけて読む、天文占としての側面を含んでいます。
ですから、天文博士を「星を科学的に観測するだけの職」と考えても、逆に「占い師」と言い切っても、どちらも実像から外れます。律令国家に仕えた専門知識人、という枠で捉えるのが適切です。
03|兄の吉平との違い
吉平(よしひら)と吉昌は、ともに晴明の子として知られています。しかし、官歴や史料に残る活動は同じではありません。人物辞典では、吉昌を吉平の弟としています。
一族をひとまとめに「晴明の後継者たち」と呼んでしまうと、それぞれが何を担当していたのかが見えなくなります。二人を調べるときは、父子の関係よりも、どの官職に就き、どの専門分野を担ったかに目を向けてください。そのほうが人物の輪郭がはっきりします。
04|「晴明の後継者」という言葉に気をつける
安倍氏が後の世に天文道を家の学問として受け継いでいったことは、確かに重要です。ただし「晴明が吉昌ひとりを正式な唯一の後継者に指名した」といった物語は、典拠を示さないまま史実として語れるものではありません。
家の学問が受け継がれていく過程は、誰かの指名だけで決まるものではないからです。官職、教育、家系、そして朝廷での実務。それらが長い時間をかけて重なった結果として形づくられたものと見るほうが、実態に近いといえます。
05|伝説と史実の距離をはかる
晴明の一族には、後世になって多くの説話が付け加えられました。吉昌についても同じで、物語のなかの陰陽師像を、そのまま官人としての実像に重ねることはできません。
どちらの話なのかを見分けたいときは、根拠の強い順に確かめていくのが確実です。まず官歴と系譜、次に同時代あるいはそれに近い時期の史料、その次に後世の家伝や説話、最後に現代の創作。この順番を意識して読むだけで、どこから物語が始まったのかが見えてきます。
晴明一族の物語像から逆算せず、まず官人として確認できる層を先に置きます。
天文得業生・天文博士・陰陽頭などの経歴を確認します。
本人の活動に近い記録を優先して見ます。
後代に付加された一族の物語を別の証拠層として扱います。
創作上の陰陽師像を官人としての実像へ重ねません。
06|さらに調べたい方へ
吉昌を入口に安倍氏を追いかけるなら、兄の吉平、そして陰陽寮という役所の仕組みへ進むと理解が早まります。父の晴明から入ると、どうしても説話の世界に引き込まれてしまうためです。官職の側から近づき、そのあとで伝説を読む。この順序をおすすめします。
07|参考資料
※細かな官歴の年次は史料や辞典のあいだで食い違うことがあるため、差を確かめたうえで紹介しています。後世の家伝や説話は、同じ強さの根拠としては扱っていません。