キトラ古墳の壁画の写真を見ると、東側の壁に龍が描かれています。これが青龍(せいりゅう)です。飛鳥時代の日本で、すでに方角と神獣を結びつける秩序が受け入れられていたことを示す資料になっています。
青龍は四神の一つで、東方を象徴する龍の姿の神獣です。単独の「龍の神さま」として読むより、四方・季節・五行を一つの秩序にまとめる四神という体系の、東側を担う存在として見ると位置づけがはっきりします。
四神は方角を守護する四つの神獣として知られています。
四神の対応は五行思想と結びついており、東は木、春、青と対応します。春に草木が伸びていくイメージと「木」の性質が重なって、東方の青龍とひとつながりの対応体系ができあがっています。
古代中国や東アジアでいう「青」は、現在の日本語の青だけでなく、青緑や緑に近い色域まで含むことがあります。歴史資料に出てくる青龍を、現代の鮮やかなブルー一色に…
日本では、龍や竜が水、雨、河川、海と結びつく信仰が数多くあります。そのため青龍もそうした水の神だと受け取られやすいのですが、四神の青龍を水神や龍王とそのまま…
六壬神課(りくじんしんか)にも、十二天将の一つとして「青龍」があります。こちらの青龍は、財・進展・慶事などの象意を読む、占術上の神将です。
01|四神の中で青龍はどこにいるか
四神は方角を守護する四つの神獣として知られています。
- 東:青龍
- 南:朱雀
- 西:白虎
- 北:玄武
日本では飛鳥時代のキトラ古墳の壁画などに四神が描かれ、青龍は東の壁に表現されています。四方それぞれに神獣を配するという考え方が、古墳の造営に反映されていたことが分かります。
02|東・春・木と結びつくのはなぜか
四神の対応は五行思想と結びついており、東は木、春、青と対応します。春に草木が伸びていくイメージと「木」の性質が重なって、東方の青龍とひとつながりの対応体系ができあがっています。
順序を取り違えないようにしたいのは、「龍だから木の属性を持つ」のではないという点です。方位・季節・色・五行を対応させる思想の体系があり、その中で青龍が東に配置されている、という順番になります。
龍の姿から属性を逆算するのではなく、方位・季節・五行・色の対応体系として捉えます。
四神のうち東方を担います。
植物が伸びる季節として木の配当と結びつきます。
東・春と一つの対応体系を作ります。
古い「青」は青緑・緑に近い色域を含む場合があります。
03|古代の「青」は現在のブルーだけではない
古代中国や東アジアでいう「青」は、現在の日本語の青だけでなく、青緑や緑に近い色域まで含むことがあります。歴史資料に出てくる青龍を、現代の鮮やかなブルー一色に固定して考える必要はありません。
キャラクターデザインや図解では、もちろん現代的な配色を使ってかまいません。ただ、それが古代における唯一の正解の色というわけではない、と知っておくと資料の見え方が変わります。
04|龍王・龍神とは役割が違う
日本では、龍や竜が水、雨、河川、海と結びつく信仰が数多くあります。そのため青龍もそうした水の神だと受け取られやすいのですが、四神の青龍を水神や龍王とそのまま同一視すると、体系が混ざってしまいます。
四神の青龍は東方を担う方位の神獣であり、龍王・龍神は水・雨・海などと関係する多様な宗教的な龍神です。姿が龍であることは共通していても、由来と役割は別に確かめる必要があります。
05|六壬の十二天将にも「青龍」がある
六壬神課(りくじんしんか)にも、十二天将の一つとして「青龍」があります。こちらの青龍は、財・進展・慶事などの象意を読む、占術上の神将です。
四神の青龍と名称や象徴の面で歴史的な重なりはあります。それでも、この二つは別の項目として分けて調べるのが確実です。占いの解説で出てきた青龍と、古墳壁画の青龍を同じ説明でつなごうとすると、どちらの体系も見えにくくなります。六壬のほうは六壬の青龍にまとめてあります。
06|京都の東を青龍とする説明
平安京や京都を四神相応で説明し、東を青龍に対応させる語り口は広く知られています。観光案内などで目にした方も多いでしょう。
一方で、「青龍はこの川にあたる」といった具体的な地形との固定した対応は、どの時代の、どの資料による説なのかを確かめたいところです。四神相応という考え方そのものと、後の時代に具体的な地形へ当てはめた説明は、分けて扱うと混乱がありません。
07|壁画や地図で配置を確かめてみる
青龍は「青い龍の神」というだけの存在ではなく、東・春・木・青を結ぶ四神体系の東方の神獣です。龍王・龍神や六壬十二天将の青龍と区別して、四神全体の配置の中に置いてみると、意味がはっきりしてきます。
次にキトラ古墳や高松塚古墳の壁画の図版を見る機会があれば、どの方角の壁にどの神獣が描かれているかを確かめてみてください。四神がそろって初めて働く体系だということが、実感として分かります。