業績が落ちたときの説明は、二つの極端へ流れがちです。「市場が悪い、競合が強い、仕方がない」と言うか、「すべて現場の努力不足だ、もっと頑張れ」と言うか。どちらも簡単ですが、現実の失敗には外部環境によるものと、自分たちの設計や判断によるものが混ざっています。

『孫子』第十篇・地形篇(ちけいへん)は、その切り分けをかなり具体的に行う篇です。地形そのものを重要な条件として扱う一方で、軍の六つの失敗については次のように言い切ります。

凡此六者、非天地之災、將之過也。

何でも環境のせいにはしない。しかし、何でもリーダーのせいにもしない。変えられない条件と、変えられる失敗を分ける。現代の原因分析として読むと、十三篇の中でもとりわけ実用的な篇です。

観測した後に、原因を切り分ける

前篇の行軍篇では、言葉、行動、兵士の状態、陣営の変化といった現場の兆候を観測しました。しかし異常に気づくだけでは改善できません。次に必要なのは、なぜ起きたのかという問いです。

地形篇の前半では、通・挂・支・隘・険・遠といった地形条件を分類し、それぞれでどう判断するかを論じます。まず外部条件を見て、そのうえで本文は軍内部の失敗へ移ります。環境を無視して人を責めず、人の判断ミスを環境のせいにして逃げない。外と内を両方見るという構成です。

「夫地形者、兵之助也」――環境は努力で消せない

夫地形者、兵之助也。

地形は軍事行動を助ける重要な条件である、という一文です。ここで孫子は「優秀な将なら地形など関係ない」とは言いません。高低差、距離、狭さ、険しさ、退路といった環境条件は、同じ兵力でも結果を変えるからです。

現代の仕事でも、市場成長率、法規制、採用市場、ブランド、顧客基盤、予算、残り時間は、精神論では消えません。努力はもちろん重要です。ただ、努力量と環境条件を混ぜてしまうと、改善できないものへ人を消耗させることになります。

六つの敗因――走・弛・陥・崩・乱・北

地形篇で特に重要なのが、走・弛・陷・崩・亂・北という六つの失敗状態です。

1. 走――戦力差を読まず、無理にぶつける

条件が同程度なのに、一をもって十へ当てれば敗走につながります。現代なら、明らかに処理能力を超える案件を「気合で何とかしろ」と投入する状態に似ています。

2. 弛――現場が強く、管理側が弱い

卒強吏弱、曰弛。

優秀な専門家を集めても、意思決定のルールや責任者が不明確なら、チームとして機能しないことがあります。

3. 陥――管理側が強く、現場が弱い

吏強卒弱、曰陷。

管理職が高度な戦略を描いても、現場に必要な技能・人数・教育がなければ実行できません。

4. 崩――中間指揮層が勝手に動く

上位の将が部下の力量や状態を把握せず、部下の指揮官が独自に戦えば、組織が崩れます。現代なら、部門長同士が全社方針より自部門の都合を優先し、局地戦を始めるような状態です。

5. 乱――命令・役割・配置が曖昧

將弱不嚴、教道不明、吏卒無常、陳兵縱橫、曰亂。

誰が決めるのか、誰が実行するのか、何をもって完了とするのかが曖昧なら、能力の高い人がそろっていても混乱します。

6. 北――相手を測らず、弱い戦力を強い相手へ当てる

敵情を測らず、少数を多数へ、弱い戦力を強い戦力へ当てる失敗です。ここでも問われているのは根性ではなく、比較と配置のほうです。

六つを並べると、孫子が失敗を「人間性」の一語で片づけず、人数比、管理能力、現場能力、権限、情報、配置へ分解していることが分かります。

「将之過也」は、何でも上司の責任という意味ではない

「失敗はすべて上司の責任」と要約すると、地形篇自身と矛盾します。篇の前半では、地形条件を詳細に扱っているからです。本文が言っているのは、外部条件では説明できない敗因まで天災扱いするな、ということに近いでしょう。

市場全体が30%縮小しているなら、売上減の一部は環境要因です。しかし同じ市場で競合が横ばいなのに自社だけ60%落ちたなら、その差には商品、営業、価格、供給、判断といった内部要因があるかもしれません。よい原因分析とは責任者探しではなく、変えられる原因を見つける作業です。

「進不求名、退不避罪」――見栄で判断しない

進不求名、退不避罪、唯民是保、而利于主、國之寶也。

進むときに名誉を求めず、退くときに罪を恐れることだけを基準にせず、守るべきものと全体の利益を考える将を、国の宝とします。

現代へ抽象化して価値があるのは、自分の評価と意思決定を切り離すことです。失敗を認めれば評価が下がるから撤退しない、自分が始めたプロジェクトだから中止できない、弱気と思われたくないから投資を続ける。こうした判断では、事業の利益より意思決定者の名誉が優先されています。

「視卒如嬰児」の直後にある一文

視卒如嬰兒、故可與之赴深谿;視卒如愛子、故可與之俱死。

ここだけなら「部下を家族のように愛せ」という美談に見えます。しかし重要なのは直後です。

厚而不能使、愛而不能令、亂而不能治、譬若驕子、不可用也。

厚遇しても任務をさせられない、愛しても命令を行えない、乱れても治められないなら機能しない、と続きます。現代の職場に軍隊式の命令を持ち込む必要はありませんが、配慮と期待値の明確さは両立するという構造は使えます。

「知彼知己」の続きは「知天知地」

地形篇の終盤では、謀攻篇の有名な句がさらに拡張されます。

知彼知己、勝乃不殆;知天知地、勝乃可全。

自己分析と競合分析だけでは十分ではなく、環境条件まで含めて初めて判断が完成するという一節です。孫子を観測の思想として読むうえで、地形篇のここは見逃せません。

売上低下を外部と内部へ分解する

売上が前年比20%落ちたとします。まずい分析は、最初に一つの物語を決めてしまうものです。「景気が悪い」あるいは「営業が弱い」と決め打ちした瞬間、ほかの原因が見えなくなります。

地形篇にならうなら、外部条件として市場全体、競合価格、規制、顧客行動を見ます。内部条件としては商談数と成約率、商品構成、営業人員、承認速度、在庫、部門間の役割を見ます。この分解をすれば、誰のせいかではなく、どのレバーを動かせるかへ話を変えられます。

採用難のとき、現場を責める前に見るもの

採用目標30人に対して10人しか採れなかったとします。採用担当者へ「もっとスカウトを送れ」と言う前に、必要職種の求人倍率、給与水準、勤務地、働き方、会社の知名度を見てください。

それでも同じ条件の競合より採れていないなら、選考速度、求人内容、面接品質といった内部の領域へ進みます。環境の不利を認めることは責任逃れではありません。環境差を測ったうえで内部改善を考えるほうが、むしろ厳密です。

「全部リーダーの責任」で学習を止めない

分析の段階で「全部私の責任です」と言い切ってしまうと、具体的な因果が見えなくなることがあります。逆に「市場が悪かった」で終われば、改善できる原因を取り逃がします。

地形篇から学べるのは、責任の強さではなく原因の解像度です。

3分ワーク:失敗を外部と内部へ分ける

  1. 自分たちでは変えにくかった外部条件は何か。
  2. その条件を事前に観測できたか。
  3. 内部の役割・能力・判断・情報に問題はなかったか。
  4. 外部要因を除いても、競合や他チームとの差は残るか。
  5. 次回、自分たちだけで変えられる一手は何か。

直近でうまくいかなかった案件を一つ選び、この五つを紙に分けて書いてみてください。責任を置く場所を探しているのか、原因を説明しているのかが、書き出すとはっきりします。

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出典・研究メモ

※六つの敗因の語義や細部には訳語の差があります。現代の経営・組織への接続は、Rayne-Labによる抽象化として区別しています。