京都市上京区に、大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)という神社があります。方位神(ほういしん)である「大将軍」を祀(まつ)る社(やしろ)です。

公式の由緒によれば、延暦13年(794)の平安京遷都にあたり、桓武天皇の勅願(ちょくがん)によって大将軍神を大内裏(だいだいり)の北西の角――陰陽道でいう「天門(てんもん)」の方位に勧請(かんじょう)したことが始まりとされています。都を造るとき、どの方角に何を置くかが真剣に考えられていた。その痕跡が、今も神社として残っているわけです。

この記事の整理軸
01北西の「天門」という方角

平安京の北西は、当時の方位の考え方のなかで「天門」と呼ばれる重要な方角でした。大将軍八神社の公式は、この北西の角に大将軍神を勧請し、国家の守護と国民の繁栄を…

02大将軍とはどんな神か

大将軍は、古代から中世にかけての方位信仰のなかで、強く恐れられた方位神の一つです。一定の方位を巡(めぐ)っていくと考えられ、その方角を犯すことを忌(い)む習…

03神仏習合と「八神社」という名前

公式の由緒によれば、この社は当初「大将軍堂」と称され、中世から近世にかけて信仰のかたちが変わっていきました。江戸期には、大将軍神と暦の八将神(はちしょうじん…

04「陰陽道の神社」と呼べるのか

大将軍信仰は、陰陽道や方位術と深く関わっています。ただし、この神社の歴史には、神道の要素、道教的な要素、暦注(れきちゅう)、神仏習合と、いくつもの層が積み重なっています。

05今も続く方除の信仰

現在も大将軍八神社では、方除・厄除の御祈祷を受け付けており、星廻(ほしまわ)りや祭事、授与品などを公式に発信しています。遠方の人のために、郵送での祈祷にも対応しています。

01|北西の「天門」という方角

平安京の北西は、当時の方位の考え方のなかで「天門」と呼ばれる重要な方角でした。大将軍八神社の公式は、この北西の角に大将軍神を勧請し、国家の守護と国民の繁栄を祈ったと説明しています。

もっとも、794年の創建や勅願にまつわる細かな部分は、神社に伝わってきた由緒として語られているものです。すべてが同時代の史料で裏づけられている、というわけではありません。神社の伝えと、史料から確かめられる事柄は、別の棚に置いて読むのがよいでしょう。

02|大将軍とはどんな神か

大将軍は、古代から中世にかけての方位信仰のなかで、強く恐れられた方位神の一つです。一定の方位を巡(めぐ)っていくと考えられ、その方角を犯すことを忌(い)む習慣がありました。建築、移動、婚姻、旅行といった、暮らしのさまざまな判断と結びついていたのです。

名前から戦いの将軍を思い浮かべる人もいますが、そういう意味ではありません。方位を司(つかさど)る星神(せいしん)・方位神として理解してください。大将軍八神社では、いまも方除(ほうよけ)・厄除の神として信仰されています。

03|神仏習合と「八神社」という名前

公式の由緒によれば、この社は当初「大将軍堂」と称され、中世から近世にかけて信仰のかたちが変わっていきました。江戸期には、大将軍神と暦の八将神(はちしょうじん)、さらに素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子神などが習合し、「大将軍八神宮」と呼ばれるようになったとされます。

その後、明治期の神仏分離の影響を経て、現在の祭神の構成と信仰のかたちへ再編されました。社名の「八」は、こうした歴史のなかで加わったものです。今の姿をそのまま平安初期まで遡(さかのぼ)らせて考えると、途中の千年が抜け落ちてしまいます。

大将軍八神社は時代とともに信仰形態を変えてきた

現在の姿を平安初期へそのまま遡らせず、名称と祭祀の再編を大きな流れで見ます。

当初大将軍堂

大将軍神を祀る場として伝えられます。

中世〜江戸大将軍八神宮

大将軍神・八将神・素戔嗚尊の御子神などが習合したとされます。

明治以降現在の神社へ

神仏分離などを経て祭神構成・信仰形態が再編されました。

04|「陰陽道の神社」と呼べるのか

大将軍信仰は、陰陽道や方位術と深く関わっています。ただし、この神社の歴史には、神道の要素、道教的な要素、暦注(れきちゅう)、神仏習合と、いくつもの層が積み重なっています。

「陰陽師が作った神社」「陰陽道だけの神社」と単純にまとめると、そのぶん見えなくなるものが多くなります。むしろ、方位の信仰が日本の宗教文化のなかでどう組み替えられてきたかを知る、格好の事例として眺めてみてください。

05|今も続く方除の信仰

現在も大将軍八神社では、方除・厄除の御祈祷を受け付けており、星廻(ほしまわ)りや祭事、授与品などを公式に発信しています。遠方の人のために、郵送での祈祷にも対応しています。

古代の禁忌をそのまま再現しているというより、建築、引越、旅行、交通といった現代の暮らしへ方除の信仰をつなぎ直している。そこにこの神社の現在の姿があります。

06|参拝するときに意識したいこと

大将軍八神社は、平安京の北西「天門」と大将軍信仰を今に伝える神社です。訪ねるときは、創建の伝承、方位神への信仰、神仏習合、明治以降の再編という四つの時期を、一つに溶かさずに思い浮かべてみてください。同じ境内に、違う時代の層が重なって立っていることがわかります。

方除の祈祷を受けたい場合は、何についての祈願か(引越か、工事か、旅行か)を決めてから公式サイトで受付方法を確かめると手続きが早く済みます。遠方で足を運べないときは、郵送での祈祷という選択肢もあります。

07|主な参照資料

  • 大将軍八神社公式「当神社について」
    https://daishogun.or.jp/about/
  • 大将軍八神社公式
    https://daishogun.or.jp/
  • Rayne-Lab「00_日本全国神社MAP_リサーチ台帳」SHR-002

※神社が公式に伝える創建由緒と、一般の史料から確かめられる制度の歴史や方位信仰の歴史は、区別して書いています。