夜空でひしゃくの形を探したことのある人は多いはずです。北斗七星(ほくとしちせい)は、誰でも見つけやすい七つの星の並びとして親しまれてきました。
ただ日本の文化のなかでは、この七星は星座を眺める楽しみだけにとどまりませんでした。方位、時間、運命、延命、厄除けと結びつく「星の信仰」の中心の一つになっていきます。この記事では、北斗七星にどんな意味が重ねられてきたのかを、層ごとにほどいていきます。
はじめに区別しておきたいのが、北斗七星・北極星・北辰(ほくしん)の三つです。北斗七星はおおぐま座の一部をなす七つの星の並びで、北極星そのものではありません。
北斗七星に吉凶や寿命、国家の秩序を重ねる考え方は中国で発達し、暦・天文の知識、道教的な要素、仏教の星供(ほしく)などを通じて日本へ伝わりました。
日本の密教では、北斗七星や九曜(くよう)、十二宮、二十八宿などを曼荼羅に表す星曼荼羅・北斗曼荼羅が発達しました。国立国会図書館には「北斗曼荼羅の研究」「星曼…
妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、北極星・北辰や北斗七星に関わる星神信仰と深く結びつきながら、日本で展開しました。研究史でも、妙見菩薩像は神道・仏教・道教・陰…
日本では、北斗や九曜などを人の生年や運命と関係づけ、星供・星祭りによって災いを除き福を願う実践も育ちました。金指正三『星占い星祭り』は、日本における北極星・…
01|北斗七星と北極星は別のものです
はじめに区別しておきたいのが、北斗七星・北極星・北辰(ほくしん)の三つです。北斗七星はおおぐま座の一部をなす七つの星の並びで、北極星そのものではありません。
一方、古代中国や日本の宗教思想では、北極・北辰という動かない天の中心と、その周りを巡る北斗の動きが、宇宙の秩序を表すものとして結びつけられました。そのため文献や信仰のなかでは隣り合って語られますが、天文学のうえでは別の対象です。ここが混ざると、以降の話が一気にわかりにくくなります。
信仰上は宇宙秩序の象徴として結びつきますが、天文学上の対象は分けて確認します。
おおぐま座の一部をなす七星で、北極星そのものではありません。
北極・北辰という中心観念と結びつき、北斗の巡りと近接して語られます。
02|中国の星の思想が日本へ入ってくる
北斗七星に吉凶や寿命、国家の秩序を重ねる考え方は中国で発達し、暦・天文の知識、道教的な要素、仏教の星供(ほしく)などを通じて日本へ伝わりました。
日本の星信仰は、どれか一つの宗派が単独で作り上げたものではありません。
- 陰陽道
- 密教
- 修験
- 妙見信仰
- 民間の星祭り
これらが時代ごとに違う形で重なり合ってきました。ある寺社の星の行事を調べると、複数の系譜が同居していることは珍しくありません。
03|密教が描いた北斗法と星曼荼羅
日本の密教では、北斗七星や九曜(くよう)、十二宮、二十八宿などを曼荼羅に表す星曼荼羅・北斗曼荼羅が発達しました。国立国会図書館には「北斗曼荼羅の研究」「星曼荼羅と妙見菩薩の図像学的研究」といった研究が所蔵されており、北斗七星が密教美術や修法の重要な題材だったことがうかがえます。
とはいえ、北斗七星がそのまま密教の神だというわけではありません。空にある天体、星の神、仏教の尊格、曼荼羅の上に描かれた表現は、それぞれ別のものとして扱う必要があります。
04|妙見菩薩と北辰・北斗
妙見菩薩(みょうけんぼさつ)は、北極星・北辰や北斗七星に関わる星神信仰と深く結びつきながら、日本で展開しました。研究史でも、妙見菩薩像は神道・仏教・道教・陰陽道的な星宿思想が交わったことを示す存在として論じられています。
ですから、妙見菩薩を北斗七星そのものと言い切るより、北辰・北極・北斗をめぐる星の信仰が仏教の尊格と結びついたもの、と受けとめるほうが無理がありません。各地の妙見社や妙見堂を訪ねると、その土地ごとの重なり方が見えてきます。
05|星祭り・本命星・厄除け
日本では、北斗や九曜などを人の生年や運命と関係づけ、星供・星祭りによって災いを除き福を願う実践も育ちました。金指正三『星占い星祭り』は、日本における北極星・北斗七星の崇拝と祭り、九曜・九星までを扱った研究書です。
現代でも寺社で星祭りが営まれていますが、作法も本尊も、用いる星の体系も、寺院や宗派によって違います。参列を考えているなら、その寺社の案内を先に読んでおくと戸惑いません。
06|「陰陽師の占い」でひとまとめにしない
平安期の天文・暦・陰陽道でも、星は重要な位置を占めていました。ただし、密教の北斗法と陰陽寮(おんみょうりょう)の天文観測を、同じ制度の中の出来事として扱うことはできません。
読み解くときは、少なくとも次の層を分けておくと混乱しません。
- 中国天文学・星官
- 陰陽寮・天文道
- 密教の星供・星曼荼羅
- 妙見信仰
- 民間の星祭り
似た星の名前が出てくるからといって、すべてを「陰陽師の占い」にまとめてしまうと、それぞれの制度・宗教・実践の違いが見えなくなってしまいます。
07|天体として見る目と、信仰として見る目
北斗七星について書かれたものを読むときは、二つの問いを同時に持っておくと整理しやすくなります。天文学のうえで何を指しているのか、そして歴史のなかでその星にどんな意味が重ねられたのか、の二つです。
前者を外すと、北斗・北極・北辰が混ざってしまいます。後者を外すと、日本の星祭りや妙見信仰が「昔の間違った天文学」に見えてしまいます。空にある天体と、人がそこへ重ねた意味の歴史は、どちらも実在するものとして分けて扱いたいところです。
08|今夜、北の空を見上げる前に
北斗七星は、日本では七つの星という天体の認識を超えて、宇宙の秩序や寿命、厄除け、運命と結びつく象徴になりました。その信仰は一枚岩ではなく、中国の星信仰、陰陽道、密教、妙見、民間の祭祀が、時代ごとに違う形で重なってできたものです。
近くに妙見を祀る社寺があるなら、由緒書きを読んでみてください。北辰と北斗のどちらを中心に語っているか、星祭りをいつ行っているかを見るだけで、その土地に届いた星の思想の経路がうっすらと見えてきます。
参考:金指正三『星占い星祭り』吉川弘文館 / 国立国会図書館サーチ「星曼荼羅と妙見菩薩の図像学的研究」 / 同「北斗曼荼羅の研究」 / 国立国会図書館レファレンス協同DB「北斗七星の星の真言」
※本記事では北斗七星・北極星・北辰・妙見菩薩を、それぞれ別の天体・尊格として扱っています。