今夜どうしても訪ねたい家がある。ところが、その方角は今の時期ふさがっていて向かえない——平安の都では、そんな場面が実際に起こりました。そこで使われたのが方違え(かたたがえ)です。
方違えとは、目的地へ向かう方角が禁忌に当たるとき、いったん別の方向にある場所へ移り、そこを新しい出発点として目的地へ向かう方法をいいます。単なる遠回りとは違い、動かしているのは経路ではなく出発地点のほうです。
方忌み(かたいみ)は、特定の日や時期に、特定の方向へ移動したり行動したりすることを避ける禁忌そのものを指します。一方の方違えは、その禁忌に引っかかったときの対処法です。
平安期の方位禁忌には、天一神、大将軍、太白といった方位神が関わっていました。これらの神は時期によって所在を変え、それにともなって忌むべき方向も移り変わります。
目的地へまっすぐ向かうと禁忌に触れる場合、まず別方向にある親族や知人の邸へ移り、そこで一泊してから改めて目的地へ向かう——そうした例が知られています。
方忌みと方違えは、王朝文学のための作り事ではありません。平安期の日記史料にも、移動や参詣、訪問の予定を方位禁忌に合わせて調整した記録が残っています。
物忌(ものいみ)は、外出や人との接触を控えて一定期間慎む実践です。方違えが移動の向きを調整するのに対して、物忌は行動そのものを控える方向に働くことがあります。
01|避ける決まりと、避けるための方法
方忌み(かたいみ)は、特定の日や時期に、特定の方向へ移動したり行動したりすることを避ける禁忌そのものを指します。一方の方違えは、その禁忌に引っかかったときの対処法です。
方忌みが「避けるべき条件」、方違えが「その条件を処理する行動」と押さえておけば、二つを取り違えることはありません。
02|忌む方角が日によって動く理由
平安期の方位禁忌には、天一神、大将軍、太白といった方位神が関わっていました。これらの神は時期によって所在を変え、それにともなって忌むべき方向も移り変わります。
ですから方違えは「いつも北東を避ける」といった固定の作法ではありません。暦を見て神の所在を確かめ、その日その日の移動を判断していたのです。
03|どうやって方角をずらしたのか
目的地へまっすぐ向かうと禁忌に触れる場合、まず別方向にある親族や知人の邸へ移り、そこで一泊してから改めて目的地へ向かう——そうした例が知られています。
肝心なのは、道筋を曲げることではなく、どこを起点として目的地の方角を測るかを変える点です。自宅から見ればふさがっていた方角も、一泊した先から見れば禁忌に当たらなくなります。
禁忌方位へ直接向かわず、別方向の場所を新しい出発点にする考え方です。
目的地が禁忌方位に当たる
親族・知人の邸などで出発点をずらす
元の住居から見た禁忌方位との関係を変える
04|日記にも物語にも出てくる
方忌みと方違えは、王朝文学のための作り事ではありません。平安期の日記史料にも、移動や参詣、訪問の予定を方位禁忌に合わせて調整した記録が残っています。
『源氏物語』などの文学作品では、方違えが登場人物の移動や宿泊を生む仕掛けとしても使われました。当時の習俗を知るうえで文学は役に立ちますが、個々の場面をそのまま制度の史料として読むと行き過ぎになります。両者は分けて扱うのがよいでしょう。
05|物忌との違い
物忌(ものいみ)は、外出や人との接触を控えて一定期間慎む実践です。方違えが移動の向きを調整するのに対して、物忌は行動そのものを控える方向に働くことがあります。
詳しくは 「物忌」 で整理しています。
06|鬼門との違い
「鬼門」 は北東という決まった方位に関する禁忌です。これに対して、方違えが扱う方忌みには、時期によって位置を変える方位神が深く関わります。
そのため、鬼門だから方違えをする、という単純な結びつき方はしません。動かない方位の話と、動く方位神の話は別々に理解しておくと混乱しません。
07|遠回りとは何が違うのか
渋滞や危険な区域を避けてルートを変えるのとは、判断の根拠が異なります。方違えが拠り所にしたのは暦と方位、そして方位神であり、宗教的で社会的な実践でした。
とはいえ当時の人々にとっては、大事な予定を滞りなく進めるための現実的な備えでもありました。儀礼という形をとりながら、実際の行動を調整する仕組みとして機能していたわけです。
08|平安の物語を読み返すときに
方違えを知っていると、王朝文学で登場人物がわざわざ別の家へ立ち寄る場面の意味が変わって見えてきます。次に『源氏物語』などを開くときは、その移動が方角のためではないかと疑ってみてください。単なる寄り道に見えた行動が、暦と結びついた選択だったことに気づけるはずです。